Saturday, January 10, 2009

Ernst Haeckel's "Art Forms in Nature"


私の生業は生物学者です。生物学は、物理学や数学と比べて’ソフト’なサイエンスだと言われます。どういう意味でソフトなのか、その理由の一つはきっと、主観が入りやすい事だと思います。客観が最も大切な科学のなかでは、異色というか、異端というか、半端になってしまう。特に、視覚的データが多い分野では、観ようと思っている事しか見えない解析でのジレンマが横行しています。ありのままを、すべてに注意を払って観察するのは、簡単なようで実はとても難しい。時間もいるし、忍耐もいるし、自分の仮説も何もかも忘れてただひたすら観る、被写体への興味と敬意がなくてはできないのです。


そんな観察能力は、速さとインパクトを求めてやまない今の生物学の風潮では、残念ながらまったくと言っていいほど軽んじられているのですが...でも、定説を覆すようなほんとに面白い仕事には、偏見や前提かまわずの観察がきっかけとなったケースが多いのも確かです。


丁寧にものを観る力、それをひしひしと感じるのは、Ernst Haeckel (エルンスト ヘッケル:1834−1919)の観察記録です。比較解剖学の研究で、いろいろな動物や植物の器官を記録していくうちに、進化(種の発達)と発生(個体の発達)が似ている事に気がつきました。それがいわゆる ”反復説(個体発生は系統発生と同様の過程をたどる:ontogeny recapitulates phylogeny)"というやつです。今でもそうと知られず中学校の教科書にも出てきたりするこの説は、実はずいぶんと長い間ダブーと見なされています。なんでも、この説を通したくて、ついつい(?)観察が偏ってしまったとか (下の図参照ー胎児の発生過程があまりにも魚っぽすぎます)。偽造の疑惑をかけられてしまいました。ヘッケルほど観る力があってこうなのだから、大抵の生物学者がどれほど危ういかは想像できると思います。


ちなみに、このタブーに、間違えている所をきちんとただしたうえで再び日の光を当てたのは、若き日の Stephen Jay Gould(スティーブン ジェイ グールド:1941−2002)です。この一般向けのエッセイなどでも有名な進化学者は、まだ駆け出しの頃大著 "Ontogeny and Phylogeny" をしたため、反復説を半分否定したものの、個体発生と系統発生(平たく言うと、成長と進化ですね)には強い繋がりがある事を改めて提唱しました。大抵の同僚は、初めは『止めとけ、自殺行為だ』といっていたそうですが、頭ごなしに否定していると見失ってしまう明確な繋がりに、グールドの目を通して気がついたのです。

思い込みって、怖いですね。研究でも、日々の生活でも、気をつけていきたいです。

ちなみに、ヘッケルの画集、 "Art Forms in Nature" はこの上なく美しいです。自然愛好家のみなさん、是非ご覧あれ。

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